将来が心配になる時

心配しなくて良いんだよ。

不安にならなくて良いんだよ。

大丈夫だから。

心配しなくて良いの。

誰しも明日のことが心配になることってあると思うんだ。それがこの地球に産まれてきた宿命みたいなもの。人間である現象。でもね、本当は心配する必要なんてないんだよ。

例えば、将来の進むべき道が分からなくなった時、学校や仕事、これから先どうしよか悩む時、あると思うんだ。多かれ少なかれ。誰でも。普通だと思う。

でもこういう時の判断基準って、答えって、実は自分の中にすでに存在しているていると思うんだ。

選択肢は大きく2通りあると思っている。

2種類の選択肢

1つ目は直感。

でもこの直感、ちょっと訓練が必要なんだ。肉体的な脳みそで考えることが好きで、理論的な人ほど、直感力が鈍っている状態にあるんだ。

直感って慣れるまではすごく弱い信号のような感じなんだ。大きな直感ということもあるんだけど、それはとても強い信号で、多分どうしてもその人に知らせたい何かがある時だよ。だいたいの直感はとても小さい信号であることが多いんだ。

で、2つ目は心が惹かれること。

んと、これは判断基準がいくつかあるんだけど、だいたいは心が惹かれることとして判断していいと思う。

惹かれる、引かれるでも言い方は取ってでもいいかな。ただ、これね、さっきの直感と違って、逆にこういう感情じたいは誰でもやっていることだと思うよ。でもね、この感覚はちょっと間違えるとエゴになってしまうんだ。

例えば「好きなことしよう」という話があるけど、それも同じこと。取り違いをすると。逆に間違っちゃうことになっちゃう。

うーん、漢字で書いた方がもしかしたら分かりやすいのかも。

自分の「欲」が原動力となると違う道に行っちゃうんだ。「欲」という漢字の意味を調べてみたら、人が何かものを口に入れている様子を表しているんだって。自分の腹を満たす行為なんじゃないかな。それだけじゃなくて、調べなくても「欲」という漢字を見ただけでも、欠如の欠という字が入っているよね。欠という言葉を聞いて、明るくてプラスな印象って受ける?マイナスの印象が受けると思うんだよね。そういう印象の文字が入っている感情が「欲」。

つまり、何かを判断するときに自分の「欲」が中心となった判断になると心の平安が減って行っちゃうよ。

でもね、「欲」じゃなくて、「愛」が原動力であれば幸せになれるよ。

2つのことをやっているだけで幸せになれるんだ。

小さな直感でも大切にして、自分の欲からじゃない、心の惹かれることをやっていくこと。

好きなことをしていれば自然と心は穏やかになるよね。

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